| ミッドウェイの歴史 |
サンド島のPBYカタリナ飛行艇用格納庫。1940年に建設。ミッドウェイ爆撃で破壊後、再建。 2,800万年前 「ホットスポット」で火山島として誕生。 2,500万年前 火山島がそれ自身の重さで沈降しはじめ、周囲に珊瑚礁が形成される。 1,000-500万年前 火山島が完全に水面下に没し、環礁となる。
1859
ハワイ王国船「ガンビア」のアメリカ人ブルックス船長が発見。ミッドブルックス島と命名。 1867
アメリカが領有を宣言。 1898
アメリカ、ハワイ王国を併合。 1900頃
日本人がアホウドリの羽毛や卵を採集するため訪れるようになる。 1903 セオドア・ルーズベルト大統領の令により米海軍の管理下に。日本人追放。 Commercial Pacific Cable Companyが電信中継所を設置。 ルーズベルト大統領が、自分自身に対して電報を打ち、初の世界一周通信に成功。 1935
パンアメリカン航空のクリッパー飛行艇が就航。太平洋横断飛行の中継地となる。 駆逐艦「潮」「漣」がミッドウェイ島に艦砲射撃。海兵隊G・キャノン他死亡。 1942 6/4
ミッドウェイ海戦 日本海軍は、空母「赤城」「加賀」「飛龍」「蒼龍」(航空機229機)を中心とする 機動部隊を中心に、約350隻の艦艇をミッドウェイおよびアリューシャン海域に 投入し、米機動部隊の撃滅と、ミッドウェイ、アッツ、キスカ占領を企図した。 一方、アメリカ 空母「エンタープライズ」「ホーネット」「ヨークタウン」、ミッドウェイ基地 航空隊(航空機計360機)を待機させた。 06:20 米海軍コンソリーデッドPBYカタリナ飛行艇 日本機動部隊を発見。 07:30 日本海軍機ミッドウェイ基地を爆撃。 08:27「利根四号機」米機動部隊を発見。 11:22 空母「赤城」「加賀」「蒼龍」被弾炎上。 12:15 空母「ヨークタウン」被弾、漂流。 18:01 空母「飛龍」被弾炎上。のち四空母沈没。 6/5 04:00 重巡洋艦「三隈」、重巡洋艦「最上」と衝突。「三隈」は6/6に空爆を受け、 沈没。 6/6 14:31 潜水艦「伊168号」が空母「ヨークタウン」を魚雷攻撃。 横付けしていた駆逐艦「ハンマン」が沈没。空母「ヨークタウン」6/7に沈没。 1943 サンド島埋め立てにより、滑走路拡張、 1944 潜水艦基地を建設。 1945 終戦
冷戦期
米海軍早期警戒機ロッキードEC-121スーパーコンしてレーションの基地 1978 海軍航空基地から航空施設に格下げ 1985 パンアメリカン航空の就航50周年を記念し、B747「China Clipper 2」寄港 1988
国立自然保護区に指定 1993
米海軍航空施設としての機能停止。 1996 ミッドウェイフェニックス社が島の施設維持管理の契約を結ぶ。 100人を超えないことを条件に、一般観光客への公開を開始。 1997/6 最後の海軍職員が去る |